-勝山の歴史-

幕末〜明治大正時代昭和〜平成時代平成17年平成18年平成19年平成20年平成21年

江戸時代
勝山は江戸時代の元禄元年(一六八八年)創業以来、320年以上仙台を代表する銘酒醸造元としてその歴史と伝統を今日まで連綿と受け継いで参りました。
勝山酒造の「勝山」の名の由来には二つあり、一つは侍に「勝ち星を山のように取る!」と縁起を担ぐ「勝」と「山」の二文字を当てたという説と、もう一つは江戸時代初期の女性達の間で一世風靡した華やかな武家風の髷(まげ)、その名も「勝山髷」。当時の女性のハイセンスなファッションをお酒の名に冠したという説があります。両方に共通して言えるのは「武家好み」であること。まさに文武両道である伊達政宗公の城下町の造り酒屋ならでは命名です。
安政四年には仙台伊達家の御酒御用酒屋を拝命し、現在宮城県で現存する唯一の仙台伊達家の蔵元であり、江戸時代から続く仙台伊達家の藩内の造り酒屋の技術的な模範としての「御用蔵」としての暖簾を守り続けて参りました。
当時の質実剛健を旨とした仙台伊達家の鎧兜はシックな黒で演出されておりました。そのため現在の勝山のボトルは全てオリジナルのブラックボトルで統一されております。


幕末〜明治大正時代
勝山酒造は江戸時代末期は仙台伊達家軍用御用酒屋として大きな飛躍をし、藩にも大きく寄与しました。
当蔵元の迎賓館として幕末より「勝山館(しょうざんかん)」がございました。特に明治時代から仙台の文化サロンとして、また園遊会や仙台出身の画家のアトリエとして仙台の各界の名士の社交の場となっておりました。また仙台の経済界の牽引役として地元経済にも多いに貢献した時代でもありました。
明治32年、七代目平蔵が仙台酒造組合 初代組合長に就任し、発展を遂げました。
この時代、仙台に鉄道が敷かれた間もない頃、勝山が宮城県から初めて東京へ出荷し販売された最初の日本酒となりました。
大正13年には八代目平左衛門が宮城県酒造組合 二代会長に就任。
大正時代から「勝山館」は宮様方のご来仙の際の指定宿泊先となり、蔵元である伊澤家一族がその「おもてなし」を通じで仙台の「美酒」「美食」を提供する大役をこなして参りました。
現在の勝山「元祖たまご酒」はこの当時の女性達に愛されていた味をそのままに再現したまさに19世紀の仙台城下町の味を体験出来る貴重な飲める「博物館」です。


昭和〜平成時代
2009年の年頭のごあいさつでの名文句「100年に一度の大不況」と皆さんおっしゃいましたが、今ではもっと考えられない事が勝山では起こっておりました。なにしろアメリカ発の不況の煽りをうけたなんかまだまだ! こちらはアメリカに直に爆弾落されたのですから。
第二次世界大戦の戦時中、蔵元の迎賓館である「勝山館」は軍が使用していた理由により、アメリカ軍の爆弾投下の目標となり爆撃され、ものの見事に木っ端みじんに吹き飛びました。
不幸中の幸いで、爆弾着弾の間隔の間にちょうど蔵があり、蔵への爆弾の直撃はありませんでした。
勝山の先々代で10代目平勝は「焼け野原では酒は売れない。酒を売る為には旨いもんを作る料理人が必要だ!」と宮城調理師専門学校を設立。現在では東北随一の生徒数と最新設備、現場第一主義を誇る宮城調理製菓専門学校と発展を遂げました。フランスではワインの名産地ブルゴーニュ地方の調理/製菓/チョコレート/パン/プロ専用ソムリエ養成の政府系職業訓練学校と姉妹校提携をし、イタリアでもスローフードを推進する三ツ星シェフのプロ料理人養成校やフィレンツェの政府系調理/製菓/カフェ職業訓練学校とも姉妹校提携、香港では国立料理学校と提携を積極的に行っており、生徒の交流、技術の交流、食材の交流等の活動の幅を年々広げております。2007年よりカフェ科を開講、今流行のナポリピッザの本格釜を導入し本格的ナポリピッザも講義に入っている等、常に時代のニーズに応えたカリキュラムを作ることで定評があります。
戦後の勝山を支えたのが名杜氏の誉れが高い照井円五郎でした。照井円五郎は当時の南部杜氏協会の会長を務め、南部杜氏の技術力を全国に轟かせた立役者でもありました。
南部杜氏の吟醸造りの技は円五郎が確立し、円五郎の技術を学びに多くの杜氏が勝山を訪れるようになりました。
その円五郎の努力の結晶が結実し、全国清酒鑑評会において昭和三十年と三十二年には全国第一位の栄誉に輝きました。
以来、勝山は常に時代を見据えた最新の醸造技術と伝統の匠の技を融合させ仙台伊達家御用蔵として、また宮様の指定宿泊先として城下町で培ってきた「綺麗で上品な酒質」の流れを守りながら、時代の高い「質への欲求」に真摯な態度で取り組み続けて参りました。
昭和四十四年、十一代目平一は仙台に進出していた上野精養軒から営業譲渡を受け、仙台精養軒として本格的な宴会レストラン事業を始めました。
日本酒が洋食と共にテーブルに供されるようになり、和食だけではなく、西洋化した日本人のあたらしい食の形のなかでの日本酒の酒質、味のあり方について研究を始めました。
昭和五十年代には十一代目平一が西洋化した日本人の食卓の為のグレース・ケリーのような美しい食中酒が必要だ!と開発に取り組み、本醸造に純米酒を調合した「献勝山」を発売しました。後に「献勝山」は本醸造に吟醸酒を調合し、山田錦を使用。「献勝山」は勝山の昭和時代の大ヒット商品となりました。
昭和五十六年、十一代目平一が宮城県酒造組合 十代会長に就任後、宮城県酒造組合の会長として昭和六十一年夏に「ササニシキ100%純米酒」を宮城県全蔵で取り組むよう働きかけ、同年11月には「みやぎ・純米酒の県宣言」を発表。宮城の酒の高品質化に全蔵一丸で取組みを始めました。
平成二年には「伊達っ子ボトル」を開発、発売。同時に「品質基準制度」をスタートさせ、全国的に宮城の酒の高品質さをアピールしました。
この時の組合の取組みの結果、高品質の酒を醸す日本全国有数の県となりました。現在では本醸造以上の特定名称酒の生産比率が全国平均26.4%、東北41.2%を遥かに凌ぐ83.4%までに宮城県は成長し、圧倒的な高級酒を中心に生産する希有な県にまで成長するに至りました。
勝山の蔵元当主は代々食いしん坊で自ら包丁を振います。本物の食にこそ本物の酒を!ということで、酒質の向上こそ日本酒の生き残る道であるという持論を力説しました。
その甲斐あってか、全国新酒鑑評会において昭和五十年代から昭和の終わり迄に六回、平成元年から平成十七年までに八回、計14回の金賞を受賞しており、名実共に現代の仙台を代表する蔵として仙台伊達家御用蔵の名に恥じない本醸造以上の特定名称酒のみを醸して参りました。
平成三年、満を持して戦時中に消失した蔵元の迎賓館「勝山館」を復興。仙台伊達家御用蔵としての歴史とプライドと共に、仙台を代表する「杜の都の迎賓館」として復活させました。
東北最大の80年代のボルドー/ブルゴーニュの最高級ワインを5万本有するフランス料理レストランと日本料理店も開店し、勝山の最高級の日本酒と最高級フランスワインの競演がフランス料理と日本料理の双方でじっくり堪能出来るステージが登場いたしました。
平成八年にはフランスのパリに勝山館の腕試しにとフレンチジャパニーズの創作料理店「SHOZAN」をオープン。早速ミシュランガイドに掲載され、パリ発のフュージョンレストランとして注目されました。グルメガイドのもう一つの雄である「ゴーミヨ」ガイドでは20点中15点(ミシュランの一つ星に該当)のハイスコアを獲得。フランス料理以外での料理店での初の高得点を獲得しました。勝山の最高級「懸けしぼり」がペトリュースを世に広めたフランス人ワイン評論家に白ワインの最高峰コルトンシャルルマーニュと比べ「巨人だ!」と唸らせました。2001年にはフィレンツェにてサルバトーレ・フェラガモ・ファミリー運営のデザイナーズホテルのバーレストランSHOZAN GALLERY (THE FUSION BAR)をオープン。2003年にはイタリアのベストバーに、次いで2005年にはフィレンツェのベストカフェに選ばれました。


ー新生 勝山 〜そして未来へ
平成17年
酒蔵を仙台市青葉区上杉の一等地から、勝山の仕込み水の水源のある上杉から北西の泉ヶ岳の麓へ引越することに。
それまで1500石あった生産量も300石へ敢えて減産することに決定。時代の流行や嗜好に流されない、鑑評会のトレンドにも流されない、自分たちの五感と魂が正直に「美味しい」と歓喜する酒のみを醸したい!そういう思いが嵩じて新しく蔵そのもの、造りのプロセスから理論の検証にいたる迄徹底的に日本酒を見直しました。出てきた結論から引き出された答えは「純米酒のみに特化する」ことでした。
仕込みも三季醸造にし、一週間に仕込みタンク1本という贅沢な純米酒以上の本物の高級酒のみを醸す専用の蔵を設計。全ての作業工程が徹底した温度管理のもとに精密な吟醸造りが実現する徹底した蔵を建てました。※泉蔵の写真挿入 泉が岳の写真も挿入
杜氏には32歳の若き後藤光昭が就任。閉塞感のある現在の日本酒の枠を飛び越すような素晴らしい高級酒のみを醸す蔵を目指し新生勝山の再スタートを切りました!
体制も後藤杜氏含め全員が社員のチーム体制をしくことにより、本当に蔵元が信ずる酒を醸せるようになりました。


平成18年
商品アイテム数35以上あったのを純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸のみに絞り、商品アイテム数も3つに絞る。
仙台伊達家御用蔵としての誇り、仙台の迎賓館「勝山館」で最高のフレンチフルコースと最高のフランスワインとの飲み比べ食べ合わせ、そして懐石料理との相性を徹底的に比較検しました。
パリやフィレンツェでも日本酒が西洋料理の文化の中でどう評価されるか、フランス人、イタリア人、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、ロシア人等の目にどう写るか、また映画関係者やファッションデザイナー、グルメ関係者や三ツ星シェフ、スポーツ選手、はたまた一般ピープルからジェットセッターのセレブやモナコ王女までと、様々な人種、階層の方々の声を聞く事が出来ました。
また東北一の調理製菓専門学校でも仏、中、韓、和、寿司と長年の専門家の目から徹底的にさらされる中で、究極の食中酒というもののイメージが出来上がってきました。
そしてその究極の食中酒を実現する為には、どうしても究極の「搾り」の技術が必要でした。従来の雫酒、中汲み、あらばしりなどでは超えられない一線がどうしても存在しました。
そこで従来の日本酒が超えられない一線を突破すべく、究極の「搾り」を実現する為に日本にも数台しか無い「遠心分離器」を導入することを決定しました。
究極の食中酒にして勝山最高級酒用に使用する為、徹底した「遠心しぼり」のテストを開始。しかしながら遠心分離器自体に多くのトラブルがあり、それを克服しながらのテストではかなりの紆余曲折がありました。最終的には遠心分離器の改造とチューンナップを施すことで解決しましたが、勝山の高級酒専用の遠心分離器として使える迄にかなりの時間と汗が流れました。
遠心分離器と格闘しながらもデータを蓄積、その結果をもとに最高品質酒の酒質設計そのものをゼロベースで設計し直しするまで徹底して取り組みました。
「純米酒の純度を極める」後藤杜氏の前代未聞の挑戦の始まりです。


平成19年
商品アイテムが4つに決定。日本酒業界の横並びの商品構成を一新し、縦のラインで価格とクオリティーの違いで選ぶ商品ラインナップにしました。
専用の勝山のレリーフ(五三ノ桐を刀剣風にアレンジしたもの)の浮き彫りのあるブラックボトルを特注しブランドイメージの確立を狙いました。
名前も縁、献、伝、暁と一文字で決定しました。
新生 勝山の題字は今をときめく書家 武田双雲氏によるもの。http://www.souun.net/
「トロイ」の無敵の戦士アキレス役を演じた長い金髪をなびかせた美しいブラット・ピットをイメージして書いて頂きました。美しいものは強い。強いものは美しい。この普遍性を「山のように勝ち星を取る」勝山の字体に表現して頂きました。
価格は蔵元として持てる力を出し切って醸した会心の自信作の酒の対価として真っ当な値段を設定。
-特別純米酒 縁 1,500円 -純米吟醸 献(献勝山の後継酒) 2,500円   -純米大吟醸 伝 5,000円 -純米大吟醸 極純 遠心しぼり 暁 10,000円 (全て四合瓶)
7月に新生勝山ブラックボトル発売と同時に旧商品アイテムすべて終売。


平成20年
百貨店にて試飲販売会の全国行脚に出ました。
勝山はたったの4アイテム+元祖たまご酒のたったの5種類のみ。多くの百貨店の店員が試飲販売前に不安がっておりました。
95%の試飲会では過去最速最高売上記録を塗り替える売上を叩き出し、今回の全商品切換えの大英断が成功だったこと実感しました。
また日本酒サービス研究会・酒匠研究会主催の年に二回の地酒大SHOWで夏のリキュール部門で元祖たまご酒が一位に、冬のマグロに合う日本酒では「伝」がゴールド賞を頂きました。
「酒サムライ」から出品した「暁」(特別に仕込んだ酒ではなく、出荷前の通常の「暁」)が 2008「SAKE」部門にてシルバーメダルを受賞。
「暁」10,000円(720ml)はこの年の出荷数2,000本を軽く越え、勝山の売上10%を占めるフラッグシップ商品となりました。また「暁」は別名「皆殺しの酒」と呼ばれ、一緒に飲み比べした他の酒がすべて飲めなくなる!との評価を多くの方々から頂戴しました。その圧倒的なキレとアフターテイストが長いコクのある酒質で日本酒のみならずワインやシャンパンまでもその餌食となりました。
後藤杜氏も含めスタッフ全員が自分たちの進むべき道に確信を得た年となりました。


平成21年
平成21年
勝山にとって大きな成長をするきっかけとなった年です。
まずお米です。兵庫県産特A地区山田錦、通称トリプルAの山田錦を「献」「伝」「暁」に使用することとなりました。兵庫県産特A地区山田錦はワインの葡萄でいうところのカベルネソーヴィニオンかピノノワールなどの世界最高の国際品種と同等です。造りにおいて、最後まで引っ張れる粘りのある米です。勝山の最高酒質を託すにはこの山田錦をおいて他はありません。

つぎは2度のダブル受賞です。一つ目は2009年度International Sake Challengeにおいて「暁」と「懸けしぼり」が純米大吟醸の部で栄えあるダブル金賞を受賞しました。International Sake Challengeは外国人のワイン専門家が審査員が多いことが有名で、その中での金賞受賞は勝山にとって大変意義のある賞でした二つ目は宮城県清酒鑑評会において専門家が選ぶ宮城県知事賞と日本酒ファンが選ぶサポーターズセレクション賞を純米酒の部で、特別純米「縁」が食米にもかかわらず酒造適合米を押さえてのぶっちぎりの受賞を果たしました。通常商品における勝山の仕込みの腕の優秀性が認められたことは大変うれしいことです。

また久々の新商品の年でもありました。全く新しい日本酒の可能性を引き出した「元」(Gen)の発売です。
濃蜜薫酒 元禄仕込の元は、元禄時代の配合を平成の最新最高技術で醸したお酒です。あまりにも凄いお酒なので一般発売前に世界の翼から初登場という異例デビューを飾るお酒です。

料飲店向け商品「戦勝政宗」の発売です。ひとめぼれ55%磨き 特別純米雫酒の「戦勝政宗」は料飲店専用に出荷いたします。酒質で言うと「縁」の兄貴分だが、食中酒としての第一の条件である「まとまり」が非常にキレイであの「暁」に匹敵する出来です。

元祖たまご酒の妹登場。名付けて「カスタードプリン味」勝山館のパティシエとのコラボレーションで生まれたデザート感覚リキュール。2(たまご酒):1(ミルク)でミルクで割るとまさに!カスタードカクテル!

そして大躍進!!2010年よりANA長距離国際線ビジネスクラスに一年間、なんと四合瓶で3本も搭載されます。ANAが世界に誇る「国酒」の大役を仰せつかりました。
最高峰遠心しぼり「暁」、冴える純吟「献」、そして新登場の「元」の3本です。です。暁と元は一万円。献は2千5百円。航空業界ではファーストクラスに乗せるワイン以上に高い日本酒をビジネスクラスで展開するという大勝負にANAは打って出ます!その心意気に惚れ込みました!勝山はANAの新ブランド“Inspiration Of Japan”に「コラボレーションパートナー」企業として新サービスのアドバイザーとして参加いたします。ドリンクメニューにシャンパンやワインを押しのけ、冒頭に堂々と三本紹介されます。また、この美しい酒をしっかりと目、鼻、口、喉、余韻で味わってもらうため、ワイングラスでサービスされることにもなり、今回の導入は航空業界でかなり画期的な導入ということになります。

蔵元の発案で誕生した「仙台流 酒道」。4月に開講したセンダイ自由大学、宮城日本酒PR学部にて講座を始めました。そして2010年は「ANA Modern酒道」として全日空の翼から世界に次世代日本酒の新時代の酒の流儀として機内で紹介されます。来年は勝山の純米酒というハードと「酒道」という新流儀のソフトでもって世界中の味覚に挑戦状を叩き付ける年となります。皆様どうか応援お願い申し上げます。